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2017-04-05

「菜の花と桜の古墳の丘」を育てた人々の物語

益子町北部の国道123号の北側、大字小宅の亀岡八幡宮から西に広がり、小貝川の支流である小宅川の右岸丘陵の平坦な場所を中心に立地している小宅古墳群。(※)

(写真は県HPより)

※前方後円墳6基、円墳29基、総数35基からなる古墳群で、その内栃木県指定は1号から18号墳までで(その内1基はその後の調査で古墳ではないと確認)前方後円墳5基、円墳12基である(昭和34年11月27日指定)。最大の前方後円墳(12号墳)は全長43m、最大の円墳(15号墳)は径30m、高さ2.5mであり、6世紀末~7世紀の古墳時代後期頃のものとされています。益子町史によれば、町には約200基の古墳が確認されており、県内でも多い部類に入ります。

その小宅古墳群を守ろうとしている方々がいます。
その方々とは、亀岡八幡宮里山の会の方々。


亀岡八幡宮里山の会とは、少子高齢化により亀岡八幡宮の氏子が減少し、神社の存続に危機感を感じた地元住民が、神社の維持・発展を目的とし2009年に組織した団体です。
定年をむかえた方々が中心となって活動しています。

メンバーは「小宅で育ち小宅で仕事をして今まで生活してきた。今は恩返しの気持ちで取組んでいる。」といいます。

小宅古墳群の整備は40年以上前に桜を植えたことに始まります。当時は篠が生い茂り立ち入り困難だった場所。そこを地道な草刈りや伐採を行うことで古墳を身近に見られるように整備しました。

国道123号線から見える丘陵部に桜を植えて多くの人の目にとまるようにし、桜がまだ若いため同時期にみられる花を植えようと2014年から菜の花をまき始めました。

花を植えるだけでなく、案内板を設置したり鳥の巣箱を設置したりするなど古墳群全体を公園化しように整備につとめ、1年をとおして訪れたいと思える環境に整えようと尽力しています。
そんな地道な活動が実を結び始め、2016年の春には、桜と菜の花が咲き誇るピンクと黄色の鮮やかな丘になりつつあります。

(2016年4月12日 撮影 Neharu 仁平彩香)

2017年度も精力的に活動されています。季節を追うごとに、年月を追うごとに、整備されていく小宅古墳群。

人の思いがつまったこの場所は、ゆっくりと益子にはなくてはならない場所になっていく、そんな気がしています。

 

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